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福祉施設の実践事例

実践事例 詳細

ALL For One みんながひとりのために

多職種連携による外出支援計画に基づく支援
種別高齢者施設
開催年2017
テーマ職場づくり・専門性向上
ALL For One みんながひとりのために

社会福祉法人 楠会
特別養護老人ホーム「香樹の里」

「もう無理」を「まだできる」に

当法人の基本理念は、「思いやり」「楽しさ」「安心」のある「家庭的なサービスの提供」です。明るく楽しい雰囲気のなかで、利用者に家庭のような穏やかさやくつろぎを感じていただくとともに、自分らしく過ごしていただくことが目標です。 そのためにどのような支援が必要かを考えたとき、当法人が着目したのが、利用者から聞かれる諦めや否定的な言葉です。利用者は、高齢化や疾患を理由にさまざまなことを諦めてしまいがちで、意向や希望をうかがっても、必ずと言っていいほど「もう無理」「もう何もできない」などの答えが返ってきます。これを「まだできる」に変えることができれば、利用者に再び充実した生活を送っていただけるのではないかと考えました。そこで当法人が取り組んだのが、多職種連携による個別外出支援です。 初めに行ったのが、利用者と普段の会話をするなかで、本人の意向や希望を引き出すことです。「昔はよくこんなことをして楽しかった」「あの場所がよかった」といった会話の中に、「またやりたい」「また行きたい」といった個別外出支援につながるキーワードを見つけます。時には「もう何もできなくなってしまった」などの言葉も聞かれますが、そこには「本当はまたできるようになりたい」「いろいろなことがしたい」との思いが秘められています。こうして、ふとした会話の中で見つけた利用者の希望を実現するため、介護士、看護師、管理栄養士、生活相談員といった多職種で連携して支援の方向性を検討していきます(資料12)。

資料12

個別外出支援の内容によっては、実現に向けて日常生活における訓練や援助が必要になる場合もあります。その際の健康管理や心身状態に関する注意事項は看護師に確認し、外出先で食事をする場合は管理栄養士の助言を取り入れます。そして、介護士が中心となって「個別外出援助企画書」を作成するのです。そして施設長の承認を得たのち、生活相談員が利用者とご家族に説明を行い、承諾を得た上で取り組みを開始する流れです。 現在、当法人では年間30件以上の個別外出支援を行っています。たとえば、ある利用者は骨折した手が不自由になったことで、趣味を諦めていました。しかし、花がとても好きだと話されていたので、個別外出支援でバラ園にお連れしたところ大変喜ばれ、その後は塗り絵を始めるなど前向きな意欲が見られるようになっています。 また、ある利用者は「戦時中に暮らしていた大磯の町へもう一度行きたい。大磯の海で、よく子どもと一緒に泳いだ」と話されていました。そこで、生活相談員が町の情報や海の思い出についてご家族に話をうかがい、利用者を大磯にお連れしました。すると、その方はとてもうれしそうに、たくさんの思い出話をしてくださいました。 また、女性の利用者に化粧をしてきれいになっていただこうと、化粧品メーカーを招いたときのことです。持病により、食事以外の時間をベッドで過ごしていたある利用者に参加していただいたところ、みるみるうちに明るさを取り戻されました。やがて、口紅やおしゃれな服が欲しいとの希望を口にされるようになったので、個別外出支援で買い物に出かけることができました。 一方、男性の利用者には「昔のように飲みに行きたい」と話す方が多くいらっしゃいます。そこで、施設内に昭和の雰囲気を模した簡易的な居酒屋やビアガーデンを設営。看護師や管理栄養士と相談して選んだソフト食を、つまみとして召し上がっていただくイベントを定期的に行っています。 他にも、歌が大好きな利用者のお二人が、懐かしい音楽のコンサートに「行きたいね」と話しているのを耳にしたときのことです。よく聞いてみると、お二人は車いすを利用しているため、人が多く集まる会場に出かけることを諦めていたのです。そこで、介護士が会場を下見し、車いす利用者のための設備があることを確認した上で、個別外出支援の計画を立てました。すると、利用者のお二人は積極的にリハビリや体調管理に取り組むようになり、コンサート当日はそろっておしゃれをして出かけることができたのです。 なお、感染症が流行する11月~3月は外出を控え、施設内で個別支援として出前の日を設けたり、お茶会を楽しんでいただいたりしています。これらの個別支援は、普段よりも密にコミュニケーションが取れるため、利用者の思いを深く知ることができ、個別外出支援につながっています。

食事摂取と筋力の回復支援で個別外出につなぐ

ここで、当法人が多職種で連携し、1年をかけて個別外出支援に取り組んだ具体例をご紹介します。支援対象者は、90代で要介護度5、食事と排せつが全介助の利用者A様です。食事はミキサー食で、いつも「ドロドロして嫌い」などと話され、ベッドで過ごすことが多い方でした。 しかし、あるとき「あんみつが食べたい」との希望をお持ちであることが分かりました。そこで、A様がもう一度あんみつを食べられるよう、看護師と管理栄養士の協力のもと、食事を少しずつ常食へと近づける取り組みを始めました。さらに、作業療法士に身体的機能を評価してもらった上で、筋力を維持するためのプログラムを作成してもらいました。 A様と「頑張って大好きなあんみつを食べに行きましょう」と密なコミュニケーションを取りながら、看護師、管理栄養士、介護士、生活相談員、介護支援専門員とで細かくカンファレンスを実施。すると、A様は熱心にリハビリに取り組まれ、ベッド上でのオムツ交換から、1日数回はトイレ行くことができるようになったのです。 また、入所当時はミキサー食でしたが、取り組みを始めた2か月後から副食を超刻み食へと変更し、6か月後には米飯を召し上がることができるようになりました。そして、8か月後には施設内行事にも参加されるようになり、焼き芋を召し上がったことをきっかけに、副食を一口大の刻み食に変更しました。 こうして、多職種による連携のもとで1年間取り組んだ結果、A様は念願のあんみつを食べることができました(資料13)。その後も、A様は自力で食事をし、トイレでの排泄もできるようになりました。日中は食堂で皆さんと過ごされることが増え、次回の外出も楽しみにされています。

資料13

当法人が大切にしていることは「小さな気づきの共有」です。今後も、利用者の秘めた意向や希望に気づいて共有し、喜んでいただける個別外出支援に取り組んでいきます(資料14)。

資料14