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福祉施設の実践事例

実践事例 詳細

車いすメンテナンスを広げる取り組み

~職員の意識を高めるアイデア~
種別高齢者施設
開催年2019
テーマ介護ロボット・福祉機器
車いすメンテナンスを広げる取り組み

医療法人財団 立川中央病院
介護老人保健施設アルカディア

メンテナンス不備のリスクを知る

私は、介護老人保健施設で理学療法士として働いています。車いすを使う利用者は車いすに触れている時間が長く、また、座っている姿勢はさまざまな影響を及ぼします。そのため、私が所属するリハビリテーション科では、車いすに座っている姿勢に負担がかからないよう、体格や状態に合わせて車いすやクッションを調整する業務が増えてきました。
ある日、車いすを調整していたとき、フットサポートが動かなくなり、この車いすは乗っていて大丈夫なのかと不安を感じました。これがきっかけで、経年劣化した車いすの安全性に疑問を持ち、メンテナンスについて学ぶようになり、車いす安全整備士や福祉用具プランナーなど、関連資格の取得に至りました(資料①)。

資料①

施設利用者の移乗や移動に関わる事故の原因の一つが、身体機能や環境に適合した福祉用具を使用できていないことだといわれていますが、メンテナンスの不備もその一つに含まれます。たとえば、タイヤ空気圧が低下している車いすは漕ぐのが重くなるため、利用者は姿勢が崩れて転落したり、車いすを使わずに歩いて転倒したりするかもしれません。また、タイヤ空気圧が低下していることで駐車ブレーキの効きが不十分になり、移乗動作が安全に行えない可能性があります。このことを知らないと事故を防ぐための対策が不十分になるといえます。さらに、使いづらい車いすでは本来の能力を発揮できず、自分で動こうとする気持ちや活動することさえ妨げてしまいます。これは結果として介助量を増やすことにもつながります。
車いすのメンテナンスについて学んでから、施設で実際に点検を行ってみると、修理した形跡はあるものの、どの車いすを修理したのか修理伝票を見ても分からない状態でした。そのため、施設にある全ての車いす154台のナンバリングを行い、購入年月日、または製造年月日を調べてデータ管理するところから始めました。データ収集したところ、当施設の車いすの41%は10年以上が経過していました。厚生労働省の目安では車いすの耐用年数は6年です。6年以上が経過した車いすは58%と半数以上になりました。このことは新規購入や廃棄を進めるうえでも重要な情報の一つとなりました。

施設全体で取り組むことが大切

車いすの不具合や間違ったメンテナンスが多数見つかったことを受け、状況を改善するには施設全体で取り組む必要があると判断し、職員に向けた勉強会を開催しました。開催にあたっては、上司の承認を得て1年に1回、業務終了後に介護・看護職に対して実施しました。勉強会では、なぜメンテナンスが必要なのかという説明と点検方法の伝達、メンテナンス不備のある車いすの使用体験を行いました(資料②)。

資料②

勉強会の資料は、施設の現状が伝わりやすいように、できる限り施設の備品の写真や動画を使用し、車いすは施設で多く使用されているタイプを用いました。たとえば利用者が座った状態で使用する駐車用ブレーキの点検を、使用時を想定した方法と、そうではない方法で比較しました。点検方法がばらばらだとブレーキの効き不足を見落としてしまう危険性があることや、使用状況を想定した点検方法の重要性についても伝えました。資料③の左側で紹介している空気入れポスターは、タイヤ空気圧の調整向上を目的に作製し、各フロアの空気入れの置き場所の統一もあわせて行いました。資料③の右側のメンテナスカードは車いすに取り付け、車いすを見ればタイヤ表面を見なくても適正空気圧が分かるように表示し、ホワイトボードのように繰り返し使えるようにすることで、メンテナンスの最終実施日を更新できるようにしました。

資料③

どちらも、職員にとってメンテンスをより身近なこととして気に留めてもらえるように、職員の意見を聞きながら考えたものです。車いず安全整備士の資格取得時に学んだ点検項目は39項目ありましたが、有資格者が閲覧できるホームページの内容を参考に、10項目に絞って簡易点検表を作製し、点検方法を伝達しました。工具や空気入れがなくてもある程度の判断ができるようにすることで、日常点検としても職員が取り入れやすい点検方法を採用しました。点検方法や判断基準、対応を記載することで、職員の誰が実施しても同じ判断や結果が得られるようにしました。
こうして施設全体で取り組めるようにしながらも、正しいメンテナンス方法の周知と情報収集のために、車いすの修理依頼の窓口を一本化しました。そこで施設での修理が可能かどうかを判断し、施設で修理する場合は、先の資格を持つ私が対応するようにしました。

福祉用具の管理を徹底することの重要性

修理業務に介入後、修理依頼は2018年1月から2019年3月までに延べ71台あり、うち44%は「ブレーキの効き低下」についてでした。ブレーキの効き低下の原因の内訳は、タイヤの劣化65%、ブレーキ本体の不具合19%、空気圧の低下10%、ブレーキ本体を固定するボルトのゆるみ6%でした。2017年4月から2019年3月までの点検履歴を調べたところ、点検により空気圧調整以外のメンテナンスを行った車いすは、154台中130台となり、84%になりました。施設は福祉用具を管理する義務があり、保守管理上の不手際やミスの責任を問われているというのが現状です。入院中に貸し出された歩行器のネジがゆるみ、転倒し骨折に至って訴訟問題となった記事を目にしたこともあります。メンテナンスに対する認識を深め、対応していく力をつけなければ福祉用具の管理として不十分ということになるのではないでしょうか。また、メンテナンス実施前後で利用者の変化を目にする機会が多くありました。ある利用者は、顔をしかめてときには片方の手で壁の手すりにつかまりながら、ゆっくりと車いすを漕いでいましたが、タイヤの空気を入れたら「軽くなったわ、ちょっとお散歩してくるわ」とニコニコして、スイスイ漕ぎ始めたこともありました。あらためて車いすは環境の一部、体の一部になると感じました。利用者の日常生活支援や事故防止など、メンテナンスの重要性は身近にあるものとしてより多くの人に感じてもらい、関心をもって取り組む仲間が増えてほしいと思っています。今後も福祉用具に携わる施設職員、理学療法士として、利用者が安全に安心して、福祉用具を継続利用できる社会の構築に貢献できるように取り組みを続けていきたいと感じています。