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福祉施設の実践事例

実践事例 詳細

理想の排泄ケアを実現する用具開発

~開発用具を使用した事例紹介~
種別高齢者施設
開催年2019
テーマ介護ロボット・福祉機器
理想の排泄ケアを実現する用具開発

社会福祉法人 正吉福祉会
世田谷区立きたざわ苑

基本ケアを見直して気づいたこと

当苑は平成13年に開苑しました。地下1階、地上4階建ての従来型施設で、特別養護老人ホームとして100床、平均要介護度は4.2、平均年齢は89歳、平均在苑年数は4年7か月となっています。また、短期入所生活介護が25床あるほか、デイサービスの一般型と認知型、居宅介護支援、訪問介護、訪問看護、配食サービスなど、在宅支援事業も広く行っています。

 当苑の主な取り組みは次のとおりです。

● 平成14年 認知症の軽減プログラムの一つとして逆デイサービスを展開夜間入浴の開始(6か月で中止)
● 平成15年 高齢者筋力向上トレーニング事業を展開
● 平成17年 介護力向上講習会(全国老人福祉施設協議会主催)に参加
● 平成18年 在宅・入所相互利用制度の展開
● 平成20年 日中の排便を、利用者全員がトイレで行うことを達成
● 平成30年 全事業ICT化へ

私たちが、排泄ケアに取り組むきっかけとなったのは、平成17年に初めて参加した「介護力向上講習会」でした。この研修会は単発の研修ではなく、1年間を通して、全国各地の特別養護老人ホームの職員が参加して行われています。介護のプロとしてどのような支援を行うことが大事なのか、という講義をはじめ、基本ケアとされる水分や栄養、活動の必要性、そして排便への取り組みの必要性を丁寧に学ぶことができました。
このとき、施設は開苑して4年目でしたが、在宅で介護をしている家族の方と同じ支援をしているような状況でした。たとえば、オムツをして入苑する方は7割ほどいましたが、オムツの交換を適時に行うことに対して、とくに疑問を持たずにいました。また、食事の嚥下が難しくなってくれば、食事形態を落としていく、あるいは、歩行が難しくなってくれば、車いすを使うようにするなど、職員本位の支援を行っていた部分も多くありました。
これらのことを振り返り、施設利用者に対し、私たちはプロとしての支援ができているのだろうかと、職員同士で討議する場を何度も持つようになりました。その結果、利用者のニーズやご家族の介護負担の面から、排泄の面でさらなる改善に向けた取り組みを行いたいとの意見がまとまり、オムツを外し、トイレでの排便を促すことを始めました。

現場のアイデアを形に することの必要性

トイレでの排泄を支援するにあたって、解決すべき課題も多くありました。最初に、職員が排便のメカニズム(資料①)を理解するために、基本ケアである水分の必要性や取り方、工夫の仕方、栄養面、また、活動量との関わりなどを、研修を通して学びました。

資料①

そして、私たちは、今から何を行っていくべきなのかということを、施設長、各部門の責任者が集まり、認識を共有したうえで、現場の常勤職員と非常勤職員の全職員に内容を伝え、実務的な勉強会を重ねました。職員の体制が整ったら、次は利用者自身とご家族の理解を得なくてはいけません。トイレでの排泄支援について個別に説明をし、承諾をいただいていきました。
しかし、実際に利用者がトイレに座ってみると、簡単には排便できないこともあるほか、要介護度5の利用者であれば、トイレに座って排便してもらうほうが介護する時間が多くなりました。便座に安全に座ることができるのかが分からず、リスクが高い利用者以外でもずっと付き添っていたため時間がかかってしまったこと、それから排泄をしている間、力んでいる間は、少しの時間でも職員がその場を離れて利用者の羞恥心を大事にしていきたいということから、何か工夫ができないかと話し合いました。
検討していく中で、便座に座った姿勢を支えながら排泄を補助する器具がないかと市販品を探してみましたが、自分たちが思い描くものが見つからず、また、それに近いものがあっても値段が高くて購入できませんでした。そこで、当施設長がアイデアを絵に描き起こし、それに職員の意見を加えながら改良していったものを簡易的な設計図にして、ホームセンターで部品を買い揃え、オリジナルの補助器具を作ってみました。これがとても重宝したため、もっと作ろうということになり、どこか製作を引き受けてくれる業者がないかと問い合わせてみましたが、次々と断られました。そんな中、のこぎり会社の社長に相談したところ、実際の現場を見てみたいと話があり、1週間ほど排泄支援の実習のために来苑しました。社長は、介護職員と意見交換をしながら補助器具の改良点を指摘し、より精度の高い試作品を自ら作り上げ、結果として「トイレでふんばる君」という名前で商品化されることになりました。

排せつ支援計画書を基に職員全員でサポート

当苑では、介護・看護・リハビリ担当者によって、利用者へのアセスメントを実施し、配置医の先生と相談をして、利用者に負担がかからないようなかたちでケアマネージャーが排せつ支援計画書を作成します。リハビリ担当者、介護担当者にも確認を取りながら、トイレに座ることができるかどうかを考えていきます。トイレに座る動作ができればいいということではなく、下剤を使わずに食物繊維やオリゴ糖を使って自然なお通じを促すなど、生活全体を見ていくことが当施設の取り組みの方針です。
2人介助でトイレに座ったらどうかという提案では、次のような意見やアイデアが出されました。①立位が困難でも下肢の支持性があればトイレに座れるのではないか、②便座に座っても両足の接地ができる。もし、できなければ、台を置くなどし、座ることができる姿勢を検討する、③座ってから「トイレでふんばる君」を前に置き、その座位姿勢をどのような角度にしたらいいかを調整する。
こうしたリハビリ担当者の視点を基に、介護担当者が利用者に合わせたセッティングをしていきます。腰痛への配慮なども含め、利用者の表情を見ながら、このタイミングであればトイレに座ったら少し排便があるかもしれない、との予測を立てながら実施していきました。
こうした取り組みにより、1年以上ベッド上で排泄をしていた利用者がトイレで排泄できるようになったケースが多く見られています。施設内で使用している「トイレでふんばる君」の使用方法が簡単で、定着しているというのも大きな利点の一つです。しかし、補助器具を使うということだけではなく、利用者の身体機能面や栄養面、水分量や服薬面など、総合的に評価・アセスメントすることが職員全員のルーティンワークになったという点が、排泄支援の大きな効力になりました。在宅でも使えるような物ができないかと、ケアマネージャーに提案をしながら開発し、導入している例もあります(資料②)。
利用者の思い、ご家族の思いに少しでも応えられるように、これからも作れる物は作りながら、協力していただける業者さんがいればお願いしながら、創意工夫をして利用者の安心と、職員の安全な支援をしていきたいと考えています。

資料②