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07.VR教材を活用した就労訓練(およびSST)の取り組み

レポート - 国際福祉機器展

福祉施設・事業所における 新型コロナウイルス感染防止のための取り組み

新型コロナウイルスによる影響のため、福祉施設・事業所においても利用者への安全で安心な支援体制が確保できるよう、さまざまな取り組みが続けられています。そうした福祉現場の現状と絶え間ない生活の営みを支える取り組み、感染防止のための工夫例をご紹介します。

 本レポートでは、株式会社善が運営する青森県八戸市の就労準備型放課後等デイサービス「クロスロード」(施設長 榎本 陽氏)が取り組む、VR機器を活用した就労準備プログラムやSST(ソーシャルスキル・トレーニング)の事例を紹介する。
 同施設では、主に発達障害や知的障害のある小学5年生~高校3年生が約20名利用している。早い段階から就労に対する意識を高めてもらおうと、VR教材での就労訓練や、さまざまなSSTを取り入れ実施している。

[1]施設の設立とVR導入のきっかけ

 青森県内にはさまざまな放課後等デイサービスがあるが、「就労準備型」を掲げる施設は少ない。就学中に就労への意識づけの機会が少ないために、中・軽度の障害のある児童が学校卒業後に就労支援系福祉サービスへ進む際、マッチングがうまくいかず事業所を転々としている事例が見受けられることがあった。
 そこで、就学中の早い段階から就労に対する意識づけを行うことで、利用者自らの意思で自身にあった就労先を選択できるよう支援するとともに、将来に備えるための環境を提供したいとの思いから、就労準備型放課後等デイサービス「クロスロード」を2019年11月に立ちあげた。
 他事業所との差別化という目的のほか、施設の開設にあたり、提供する就労準備プログラムやSSTの質の確保を重要視して検討していたところ、VR教材はコンテンツが専門医監修のもと作られていたことや、スタッフの進行マニュアルなどが付与されていて一定水準以上のサービスの提供ができる見込みが立ったことなどが決め手となり、施設設立当初より導入することを決定したという。

[2]VRを使用した就労訓練およびSSTの内容

 (1)VR教材の使用方法・実施のタイミング
 CROSSROADでは、株式会社ジョリーグッドが発達障害支援施設向けに提供しているVR教材「emou(エモウ)」を導入。emouのプログラムには、対人関係を築くうえで必要とされる、共感性や状況理解が問われるSSTや、職業体験ができる就労訓練、職場でのビジネスマナーなどがあり、クロスロードでは、小・中学生は対人関係など日常生活にかかわるプログラムを中心に、高校生は就労に関するプログラムを中心に実施している。
 VRを使用してのSSTは週に3回ほどの頻度で行い、最大で6人の利用者に職員2人がついて実施している。利用者はVR機器を着用し、職員はタブレット端末から利用者と同じ映像を確認できる。

職員が確認するタブレット画面

 1コマ45分の時間で、VR体験(10~15分)→話し合い(15分)→話し合いをふまえ再度VR体験(10~15分)といった流れで行っている。

話し合いの様子

 VRのプログラムによっては、ある事例に対して複数の選択肢から自分の行動を選び、その選択によってストーリー性が変わってくる形式になっている。クロスロードではVRを体験するだけでなく、その後の話し合いの時間を設けることにより、なぜその選択をしたのかということや、その選択肢によってストーリーがどうなったかを振り返り、「こうした方が良かったのではないか」「この選択をしたら相手はこう思ったのではないか」といった利用者の気づきを促している。
 例えば、日常の中で困ったことがあってもなかなか自分から声をかけられない様子がみられる利用者には、「学校で体調不良になったらどうするか?」というシミュレーションでの映像を用いたプログラムを体験。①先生に伝える、②その場で寝る、③我慢する、といった選択肢から自身の行動を選ぶようにする。この場合、①の先生に伝えることが望ましいとされ、利用者が選んだ回答によって映像の結末が変わるため、困ったときには周りの人に声をかけよう、という意識づけが行えるという。このように利用者の個性に応じて題材を選び、トレーニングを行っている。


 (2)VR機器を使った就労訓練の内容
 同施設では、VRの就労支援プログラムとして、とくに面接時を再現したプログラムを活用している。このプログラムでは、面接を受ける側だけでなく面接官側の視点も体験でき、どんな身だしなみや仕草に好印象をもてたか感じることによって、利用者が客観的な視点で自身をとらえられるような効果があったという。
 また、そうした客観的な視点をもつことにより、「挨拶をしなければいけない」といった受動的・義務的な考え方から、「挨拶は元気よくしたほうがいい」という積極的な考え方に変わっていく利用者の様子がみられたということだ。
 その他、書店員や動物の飼育員、ホテルの清掃員など、ひとつの業種に対して、関連するさまざまなシーンが体験できるプログラムがあり、利用者の個性に応じてプログラムを選択するよう配慮しつつ活用している、ということである。コロナ禍において、各企業等での実体験が難しい場合においても有効だ。

VR映像に合わせたお辞儀などの接客練習

[3]VR教材に対する、利用者や利用者家族の反応

 利用者のVR教材への反応としては、VR自体を体験することが初めてという人がほとんどであるため、もの珍しさから遊びの感覚で取り組みを始めることができたという。
 導入後は継続したVR教材の使用によって利用者に変化がみられた。自己紹介をする際、人前では恥ずかしくて言葉に詰まってしまいがちだった利用者が、VRでの自己紹介プログラムによって練習を重ねた結果、自己紹介の内容を自らも考えて取り入れるようになり、半年後には人前で堂々とした自己紹介を行うことができるようになったという。
 また、クロスロードでは施設利用前には必ず、利用者家族にもVRを体験する機会を設け、実際に利用者と同じプログラムを体験していただいている。利用者がVRのプログラム内でどのように考えて行動したのかを家族へ伝えやすく、良い反響を得ているということだ。

面談時 家族も交えてのVR体験

[4]VRとリアルを比較してのメリット・デメリット

 クロスロードでは、VR教材だけでなく、実際の事業所等に出向いて行う就労体験も実施している。
 双方を比較したとき、VRの場合は繰り返し体験することができ、何度も練習できることが最大のメリットだと感じたという。利用者の多くは対面の場合失敗を怖がって消極的になってしまうが、VRでは何度でもやり直しができることで、成功体験をつむことができ、利用者の大きな自信につながっているということだ。また、VR教材の題材となっている業種と就きたい業種が一致した利用者にとっては、ひとつの仕事に対して数種類のシーン設定が教材にあるため、仕事を多面的に見ることができる。
 デメリットとしては、なかには内容が難しく感じ、ついていけない利用者がいることや、「emou」の職業体験プログラムは2020年5月から組み込まれたため、現時点では用意されている業種が限られており、限定的な状況のシミュレーションとなっていることがあげられる。
 一方で、実際に就労現場に赴く体験は、現場の雰囲気を直接体験できることがメリットである。しかし、体験に応じてくれる事業所は限られていることや、複数の利用者で一斉に行うために、利用者一人ひとりのきめ細やかなサポートにまで至らないことがデメリットと感じているという。
 そうしたそれぞれのメリット・デメリットをふまえ、クロスロードではVRでの就労訓練をくり返し行うとともに施設内での就労訓練をふまえたうえで、現場の事業所で実際に体験し、利用者がより自身の経験として取り入れやすい環境づくりをめざしている。


[5]その他の就労訓練と今後の展望

 同施設では、VR教材の他にもさまざまな形での就労訓練を取り入れている。タイピングやオフィスソフトの活用などパソコンスキルを向上させるトレーニングや、カタログをもとに発注書を作成するなどの事務的な作業のトレーニング、就労支援事業所でも行われている計量作業などの実務的トレーニングなど、実践に近いかたちで訓練を行うことにより、働くことへの意識づけとともに不安の軽減へとつないでいる。
 「今後は、VRや実際の職業体験も含め、さらに多くの業種を体験することで、利用者自身でどのような仕事が自分に合っているかイメージして将来の目標を持っていただけるよう取り組んでいきたい」と榎本氏は述べる。